Diary 2005. 9
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9月1日 (木)  貸付種雄馬の輸送

十勝牧場から2頭のペルシュロン種雄馬を借り受け、
根室と別海の農協、農家さんに貸し付けるため輸送に立ちあった。
朝8時には中標津を出てお昼に十勝牧場に着き、
積み込み終わって、
根室、別海の2件の農家に1頭ずつ積みおろして帰宅したのは21時。
別海に「爵藍」号、根室に「験福」号が入った。

明日から恵庭市で行われる北海道和種馬・ポニー共進会へ、
根室管内代表馬12頭、農家さん7名とともに行くわけですが、
明日も早朝4時に起きて馬を積み込んで出発です。
牛の共進会と違って農協さんは同行しないし、
当方で全部面倒を見なければならないのですね。
悲しい事に馬は肩身がせまいせまい。

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9月2日 (金)  北海道和種馬・ポニー共進会1日目

朝4時に起きて馬や荷物をトラックに積み込む作業を手伝った後、
6時には共進会場となる恵庭市に向って走った。
恵庭市畜産共進会場に到着したのは12時半頃。
昼食を食べた後、
受付や馬の測尺を済まし、
事務局会議の後に懇親会へ参加した。

なお、写真は3日の昼休みに行われたアトラクション。
駄載の実演と流鏑馬の模範演技(練習)。

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9月3日 (土)  北海道和種馬・ポニー共進会2日目

共進会当日。
根室管内代表馬は1等賞2席が2頭いたものの、
残念ながら頭は取れず。
ポニーの部は頭取れると思ったんだけどな〜。
無念・・・。
共進会終了後、後片付けをして会場を15時半頃出発。
出陳者の牧場に馬を下ろして帰宅したのは夜中の23時半。
皆様おつかれさまでした〜。

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9月4日 (日)  YIさん

実は2日から2泊で我家にYIさんが滞在。
YIさんは大阪の方で60歳を過ぎてから乗馬を始めたというすごい人。
とても礼儀正しく気持ちの良い方でした。
人は年齢じゃないですね。
自分らしく生きてる人はいつまでも若々しい気がしました。

早朝、サンちゃんに乗馬。
普段通っている乗馬クラブでは一人で馬を動かした事がないらしく、
軽い扶助で馬が思いどおりに動く事にいたく感動しておられた。
周囲の景色の美しさや、
ただ馬に乗って歩いているだけでも気持ちが良いと。
そんなに喜んでもらえるとこっちまで嬉しくなったり。
馬装の仕方まで熱心に尋ねられ、
教え甲斐もあるというものです。

14時過ぎの飛行機で帰られるとの事で、
せっかくだから裏摩周へ案内し、
そして中標津市街のAコープにて大量のお土産を買って発送していた。
赤肉メロンが590円、とうもろこしが50円という値段は、
大阪ではありえないとの事。
確かにこういう物を送ってあげた方が喜ばれるんだろうなというのは分かる。
北海道の食材は素晴らしい。
その後、中標津市街地を流した後空港へ。
出張と重なってほとんど一緒にはいられませんでしたが、
中標津の、そして馬の魅力を、感じてもらえたならなによりです。
また是非いらして下さいませ。

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9月5日 (月)  7年ぶりの実家(愛媛)へ

祖父が末期の癌でもう先は長くないと宣告されたと、
昨晩実家から電話があった。
意識のまだある内に一度顔でも見せたら?という事で、
7年ぶりに実家のある愛媛へ帰省する事にした。
会社にはその旨を報告し、
今週末の9日金曜日の午後から早退し、
12・13・14日と3日間の休みを頂いて早速飛行機の切符を手配した。
もう期日まで間もない事で安いパックなどを利用できず、
結局まともに料金がかかる事に。
中標津空港から羽田を経由して松山空港に向うのだが、
往復で12万円弱もの経費がかかった。
お金のない中、これは本当にきつい出費。
あう〜どうしましょう〜状態。
でも北海道へ行くにあたって一番後押ししてくれ、
そして何かある度に応援してくれていた祖父。
恩返しも何も出来なかっただけに、
行かないわけに行かない。
中標津に来てから一度も帰省していないので、
もう愛媛も松山も道後も変わってしまっているんだろうけど、
久々の愛媛の景色をこの目に焼きつけてきたいと思う。


9月6日 (火)  豆腐グラタン

昨晩食べて美味しかった豆腐グラタン。
ズッキーニとミートソースと豆腐を具として、
チーズをのせてオーブンで焼いたもの。
私は猫舌のため、
熱々のこのグラタンを食べて口の中を火傷し痛いけど、
美味しいので冷めるまで待ってられません〜。
猫舌って辛いなぁ・・・。


9月7日 (水)  金太郎会の会報

愛媛に帰省する前に金太郎会の会報を会員に送ろうと、
せっせと作成中。
でもすでに会員が40名にもなっており、
手間だけじゃなく印刷経費や切手代もバカにならないなぁ。
でもとりあえず頑張らねば!


9月8日 (木)  いよいよ明日

明日の午後、愛媛へ行きます。
今晩はその準備、準備、準備。
せっかくだからたくさん写真を撮ってこよう〜。


9月9日 (金)  愛媛への旅〜1日目〜

会社を午後から早退していざ実家のある愛媛へ。
中標津空港から羽田を経由し、
松山空港に到着したのは18時15分。
空港へは母が迎えにきてくれており、
空港の売店で早速愛媛の名物「じゃこ天」をお買い上げ。
じゃこ天とはいわゆる一般的な天ぷらではなく、
じゃこ(雑魚)のすり身を油で素揚げしたもの。
この空港で売っているじゃこ天は「忠八じゃこ天」という名前で、
ライト兄弟が有人飛行を成功させる12年前、
世界で初めて模型飛行機による動力飛行実験に成功した、
二宮忠八の名を冠して四国を型どったじゃこ天なのだ。

二宮忠八は愛媛県八幡浜市の出身で、
カラス型飛行機を作成して無人飛行に成功、
その後、有人飛行を目指して玉虫型飛行機を作り上げようとした最中、
ライト兄弟に先を越されています。
軍に上申した時に却下されたり赤痢にかかったりといった事がなければ、
この玉虫型飛行機が世界初の有人飛行機となったのかもしれません。
というわけで松山空港には、
その玉虫型飛行機の模型がターミナルの中に吊り下げられているんですね。

で、空港を後にして「ダイニング樹庭」というところで夕食をとって実家へ到着。
樹庭ではなんとタイミング良く映画版「がんばっていきまっしょい」の主題歌、
「オギヨディオラ」が流れていた。
愛媛の景色とこの曲は抜群に合う!

容体が悪いと聞いていた祖父は、
私の姿を見て一応誰だか認識はしてくれたようだ。
ただ記憶が断片的になっているようで、
しっかりした事を言ったかと思うと、
???な事を言う事も。
でもとりあえず話が出来て良かったかな。
間にあった、って感じでした。

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9月10日 (土)  愛媛への旅〜2日目〜

早朝5時頃、牛乳配達のガチャガチャという音で目が覚めた。
まだあったんだ・・・牛乳配達って。
そのまま目が覚めてしまったので実家周辺の三津浜を散策。
ゆっくりと三津浜を歩いた記憶ってあまりなくて、
古い建物が狭い道路沿いに立ち並んでいる風景って、
とても良いものだなぁと感じた。
子供の頃は何の興味もなかったのに、
古き良き情緒を感じる様になるなんて不思議なものだ。

朝早くから鉄道を利用して大洲市へ行く事にした。
大洲は伊予の小京都、
伊予大洲藩6万石の城下町。
大洲盆地を流れる肱川沿いが市街地になっていて、
江戸時代〜明治時代の建物が多く残っているそうだ。
鵜飼い、臥龍の渡し、いもたき、が夏の三大風物詩。
テレビドラマ「おはなはん」の舞台であり、
映画「がんばっていきまっしょい」の主人公悦子の家がある。
肱川沿いに大洲城を眺めながら街中へと歩いていく。
大洲赤煉瓦館でお土産(タツミ醤油、もち麦味噌、大洲城ジグソーパズル、竹のおもちゃなど)を買ったり、
別館でやっていた「懐かしのコレクション展」を観たりした。
この建物、明治34年に大洲商業銀行として建築されたもので、
イギリス積みの煉瓦構造になってるそうだ。
次におはなはん通りを通過して臥龍山荘へ。
臥龍山荘とは河内寅次郎が構想10年工期4年を費やした、
臥龍院を始めとする借景庭園。
その中にある不老庵はなんと生きている木をそのまま柱にしている建物。
生きているから生長すれば枝分かれもするのに、
うまく建ててあるなぁと感心しきり。
匠の技です。
大洲市街をぐるっとまわって殿町商店街に戻ってきて、
「がんばっていきまっしょい」の悦子の自宅になっていた、
ホワイトクリーナーというクリーニング屋に寄ってみたりして、
再び鉄道にて松山に戻ってきた。

夜、おじさんに連れられて飲みに行く事に。
「割烹なかの」「居酒屋なかむら」「ライブハウスJAM」「お好み焼き品川」とはしご。
あと1件行ったけど記憶にあらず。
おじさん以外にも知り合いが3名合流し、
和食のコース、おでん、馬刺、ヤキソバと、食べた食べた。
ライブハウスではおじさんがドラムを叩く姿を披露され、
なかなか楽しい一時だった。
この日の夜はおじさん宅に宿泊。

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