Diary 2006. 3
メニューに戻る
3月1日 (水)  スーパーアグリF-1情報

開幕戦バーレーン仕様のマシンがシルバーストンでお目見えした。
あいにく悪天候でまともに走ってはいないみたいだけど、
カラーリングとマシンデザインが分かっただけでも嬉しい。
カラーリングは白地に赤い手裏剣ロゴを全体に入れたような感じで、
なんとなく地味かな〜というのが第一印象。
A23をベースに突貫工事で作ったマシンは、
競争力が望めないだけにカラーリングだけでも目立って欲しかった。
個人的にはかつてのレイトンハウスのブルーグリーンや、
ベネトンのチカチカするようなカラーリングを希望〜。
白赤はホンダやトヨタとダブるだけにちょっといただけない。
マシンデザインの方はというと、
フロントウイングとサイドポンツーンが大きく変わったため、
A23の面影はあまり感じなくなり、
現代風のデザインになっていた。
あと10日ほどでF-1も開幕するし、楽しみ楽しみ。

20060301-1.jpg 20060301-2.jpg 20060301-3.jpg



3月2日 (木)  食わず嫌い王決定戦

21時からのテレビ番組、
「とんねるずのみなさんのおかげでした」の「新・食わず嫌い王決定戦」において、
なんと広末涼子VS鈴木亜久里の対戦があった。
亜久里は相変わらずしょっぱなから電気系統をかましてくれて絶好調。
豚足、鶏のから揚げ、ソースやきそば、卵かけごはんの中で、
嫌いだったのはなんとやきそば。
なかなか捻ってあって良かったし、見事広末に勝利!
これは幸先いいな。
この調子でガンガンいってくれ〜。
ところでフジテレビがスーパーアグリのスポンサーになるといううわさがあったけど、
この番組に鈴木亜久里を呼んだというのは何かの伏線?!
だったらいいな〜と期待してみる。


3月3日 (金)  海明け

網走地方気象台が海明けを発表したそうだ。
海明けとは見渡す海において流氷の占める割合が半分以下になり、
沿岸部を船舶が航行できるようになった時を言うのだそう。
今年の海明けは平年より1ヶ月早く、
なんと観測史上2番目の早さだったらしい。
2月に雨が降ったりしたし、確かに今年の春は暖かいよなぁ・・・。


3月4日 (土)  鶏小屋作り開始

40羽以上の雛達はまだ家の中におります。
毎日ピヨピヨと鳴き、コンコンと壁などを突く音が絶えない我が家、
外も暖かくなり、雛達も大きく育ったので、
そろそろ厩舎へ移動させようと、厩舎の中に鶏小屋を作り始めた。
名古屋コーチンだけの場所だったところに、
ホシノブラックとアローカナのスペースも作らなくてはいけない。
品種間の交雑を避けるため、壁も高くしなければならないし、
さて何で作ろうかと考えた結果、
コストも踏まえてまたもやスノコで作る事にした。
支柱は2×4材を、そこに壁や扉としてスノコを使って仕切り、
中央においてあるカーフハッチも二つにわけてホシノブラックとアローカナ用にする。
名古屋コーチンはというと合計6羽しかいないのでカーフハッチは当たらないけど、
彼等は中央のちょっと狭いスペースでも問題ないだろうと。
明日には完成するかな。
そしていよいよ雛達の引っ越しが待っている。

紫芋を薪ストーブの灰受けに入れて焼き芋にし、
それをもとに相方がスイートポテトにしてくれた。
見た目も鮮やかで美味しいのです。

さてスーパーアグリF-1の体制発表会が行われたらしいです。
その記事を引用し、掲載しておきます。

2006年F1世界選手権に“純日本”の新チームとして初参戦するSUPER AGURI Formula 1(チーム代表:鈴木亜久里氏)は、
4日、都内において「体制発表会」を開催。
会見には鈴木亜久里代表、佐藤琢磨、井出有治の日本人ペアのレギュラードライバーが一堂に会し、
約6日後に迫ったF1開幕戦バーレーンGP(3月12日決勝)に向けての抱負を語った。

SUPER AGURI Formula 1の船出を祝うように、
快晴に見舞われたこの日の東京では、
純日本チームを率いて自動車レースの最高峰F1に参戦する鈴木代表が、
集まった多くの関係者の前に、
「昨年11月1日にF1に参戦するという発表をして以来、
この数ヶ月の間でF1チームを作っていかなければいけないということで、
本当にいろいろな紆余曲折がありましたが、
来週の開幕戦に向けて、
今日イギリスのファクトリーからから(開幕戦の地)バーレーンに向けてマシンが送り出されました」と報告すると、
「正直言ってこの数ヶ月は本当に大変でしたが、
こういう形でバーレーンに向けてマシンが送り出されたということを聞いて非常に嬉しく思います」と語った。

今年1月26日にFIA(国際自動車連盟)がエントリーを承認し、
SUPER AGURI Formula 1のF1参戦が正式に決定。
2月6日にはドライバーを除いたチーム体制を発表すると、
14日にはイギリス・グロスターシャー州のケンブル飛行場において初代マシン『SA05』をシェークダウン。
その翌日には佐藤、井出の日本人ペアによる夢のドライバーラインアップを発表し、
21日からはスペイン・バルセロナでのF1合同テストに3日間に渡って参加、
さらに28日のイギリス・シルバーストンでの開幕戦仕様のマシンのシェークダウンを経て、
遂にこの日、本拠地のある日本で2006年の体制発表会を開催。
鈴木氏は、
「11月に自分がとんでもないことを言ってしまったのかなと考える日々が毎日続きましたが、
そういう中でイギリスのスタッフ、そして日本のスタッフ、みんなが力を合わせてくれて、
こういう形でF1のチームが日本から発進できるというのは、非常に嬉しく思います」と感慨深い表情で語った。

この日は佐藤、井出の両レギュラードライバーも赤と白の「日の丸カラー」のチームシャツを身に纏って出席し、
夢の純日本チームでのF1参戦に向けての抱負を語った。
ゼロからスタートする新チームのエースドライバーという、
これまでとは違う戦いに挑む佐藤は、
「昨シーズン終盤の時期に、亜久里さんから計画をお聞きし、
そのときに『すごいな』と思いましたし、
とにかく新しいアプローチ、新しいチャレンジになる。
僕はそこに懸けてみたいと思っていましたし、
最初は非常に難しいことですが、
長期的にどういう風にやって行こうかということを亜久里さんと相談していく中で、
チームの立ち上げの時から一緒にやらせていただいて、本当に光栄です」とコメント。

鈴木氏がプロデューサーを務めるARTA Project(エーアールティーエー・プロジェクト)のサポートドライバーとして国内外のレースを戦い、
SUPER AGURI Formula 1の初代ドライバーを務める井出は、
「亜久里さんのF1チームが立ち上がるという話を伺ったとき、
自分自身F1にチャレンジしたいという気持ちも持っていたので『F1をやりたい』という相談をしました。
(その時点では自分の)国内の活動もどうなるか、
チームの方もまだはっきりしていませんでしたが、
亜久里さんはその中でリスクを冒して頑張っていて、
自分もその中でやってみたいという気持ちがすごく大きかったので、
その気持ちを亜久里さんに伝えました。
開幕戦のグリッドに着いた時にF1ドライバーになったという実感すると思いますが、
自分のミスでレースを失うことだけはないように、
マシンをチェッカーまで導きたい」と語った。

鈴木氏は最後に、
「国内のモータースポーツを含めてF1に進んでいける架け橋になっていけるチームの役割をしていきたいと思い、
こういう形で参戦させていただきました。
佐藤がF1の中で築いてきた経験でチームを強くしていき、
井出が国内で築いてきた彼のポジションという部分をF1の世界で発揮してくれることによって、
日本でモータースポーツに憧れている子供たち、
モータースポーツをやっている若い子たちの架け橋になって行ければと思います。
(ドライバー)2人の気持ちを今聞いて、
非常に強いチームをなるべく早い時期に作りたいと改めて思いました。
様々な状況の中で、間違いなくマシンはバーレーンに向かっていますし、
日本からエントリーしたチームとしてF1グランプリに参戦することを皆様の前でご報告したいと思います。
いろいろな部分でお騒がせした中でのスーパーアグリF1の船出ということですが、
今後とも温かく見守っていただけたらと思います」と語っている。

SUPER AGURI Formula 1は3月12日(日)中東・バーレーンの、
バーレーン・インターナショナルサーキット(1周5.412Km)で行なわれる2006年F1開幕戦バーレーンGP決勝で夢へのスタートを切る。

20060304-1.jpg 20060304-2.jpg



3月5日 (日)  鶏小屋完成!

早朝から相方と共にせっせと鶏小屋作り。
3か所の出入り口を作ったり、
名古屋コーチンが飛び出さないように簡易的な屋根を作ったり、
細かいところも一応色々と工夫はしてみたつもり。
ただありがたいのは何と言ってもスノコ様。
2枚セットで800円弱というお値段もさながら、
これをただネジでとめていけば壁になるし、
蝶番と錠前をつければ扉になるわけで。
寸法が合わない場所はスノコを部分的に切断すればうまくいくし、
お金をかけずにそれなりのものが出来上がった。
早速雛達もお引っ越し。
厩舎の出入り口に近い方から、
ホシノブラック、名古屋コーチン、アローカナとした。
真ん中においたカーフハッチを二つに分けて、
ホシノブラックとアローカナ用の自由に出入りできる産卵箱とし、
名古屋コーチンはカーフハッチの手前部分が居住地で、
仕切りとしてラティスを使用。
ラティスをカーフハッチとスノコに繋いだのだ。
雛達は一気に広くなった居住スペースで飛び跳ねまくり、
元気いっぱいに走っている。
これでようやく我が家に静寂が戻ってきた〜。

20060305-1.jpg 20060305-2.jpg 20060305-3.jpg



3月6日 (月)  シマダス

「自休自足」という雑誌を買ってみると、
今回は南の島にお引っ越しという特集があった。
昔からそうだけど、
いつかは無人島を所有して住みたいという願望がある。
別に南の島じゃなくて北の島でもいいと思うんだけど、
どうして人は南へと行きたがるんだろう。
事実、南の島は北の島よりお値段が高い。
カナダの無人島では数百万円で買える島もあるのに、
南の島では少なくとも数千万円になってしまうのだ。
ところで日本の島ガイド「シマダス」という本がある。
いつかきっとこの本を手にしている時が来ると思う。
別に島を買うとか買わないとかじゃなく、
地理の大好きな一個人としてとても興味を惹かれるのだ。
有人島、無人島あわせて1000もの島のデータが掲載されているらしい。
欲しい、欲しいぞ〜これは。


3月7日 (火)  春に向けて・・・

愛馬達は春を感じてかなり毛が抜け始めている。
特にルーシーやユウの抜け方は激しく、
いかに冬毛が充実しているかよく分かる。
逆にナータはサラブレットらしく皮膚も薄ければ冬毛も短く密生していない。
人間が改良した結果なんだろうけど、
その分、自然環境の中での生き抜く力は劣っているんだろうな。
でもナータでさえ氷点下20℃を下回ろうが、
馬着なしで屋外で跳ね回って風邪もひかないところをみると、
馬そのものはかなり寒さに強いんだろう。
本州ではよく馬着を着せたりしているけれど、あれは絶対過保護だろうな。
馬の抵抗力をただ落としているだけかも???


3月8日 (水)  

朝から雪が降ってすっかり冬景色に逆戻り。
意外と降ったなぁ・・・。


3月9日 (木)  飲み会

関係機関の方が移動するという事で送別会。
私はあんまり牛の方はタッチしてこなかったけれど、
その方面では絶大なる協力を頂いた方々であり、
名残惜しいと同時に新天地での活躍を祈念するほかありません。
ところで辞令が出てからわずか1週間で引っ越しして働き始めるという慌ただしさで、
せめてもう少し余裕を持って辞令を出す事は出来ないんだろうかといつも思う。
私の今の職場は転勤がないからこそこうして家を建てて馬も飼えるわけだけど、
そもそも転勤があるんだったら絶対働きたくないなと思う。
確かに移動がある事で色んな分野を経験した上で、
組織の幹部へと上がっていくのは間違ってはいないけれど、
その仕事がやりたくて入ったのだからずっとその仕事をしていたい人もいるはずだろう。
昇進したい人は広く浅く学んだ上で昇進し、
昇進しなくてもいいからスペシャリストになりたい人はその道を突き進むくらいの度量が欲しいものだ。
今の社会の風潮だと移動や転勤を断れるはずもなく、
それを断った人が組織に必要ないと断定されてしまうのは寂しい事だ。
まあもし私が今の組織から転勤を命じられたら断るだろうし、
それで組織から必要とされなくなったと感じれば辞めてしまうだろう。
そもそも仕事のために自分の生き方を犠牲にしたくはないなと思うし、
仕事だって給料が上がらなくてもいいから自分のやりたい仕事をやっていたいと思う。


3月10日 (金)  はまなす乗用馬生産組合

夜、はまなす乗用馬生産組合の役員会があった。
明日は馬事振興会の総会があって、
日中は総会議案の作成と数字とのにらめっこでへろへろ。
昨晩の飲み会もあって疲れがたまってきたなぁ。
頑張れ、明日が終われば一段落だ。


| 1 | 2 | 3 | 4 |