Diary 2008. 4
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4月30日 (水)  ネット通販

4月2日の奥尻島への引っ越し荷物の搬入時、家電品はほとんど持って行ってないため、
ネット通販で必要になるものを手配しておいた。
明屋書店本店で家電比較の雑誌を買い、一日がかりで色々悩んでしまった。
買ったのは、冷蔵庫、洗濯機、オーブンレンジ、炊飯器、テレビ、ルーター、タイルカーペットなどなど…。
結局生活家電は、安くてデザインのシンプルな無印良品にしてみた。


4月29日 (火)  再会

道後中学校時代の親友、軍さんと17年ぶりに再会した。
流れた年月の長さを痛感しつつ、懐かしい話に花を咲かせたのだった。
とりあえず元気そうで何より。

弟のやっている「ばっちこい。」で夕食。
今回は「ダシの無い肉うどん」。
ツルツルした麺に、トロッと黄身の流れ出す温泉卵と甘めの生醤油が美味しかった。

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4月28日 (月)  松野・遊子の段畑

景観の美しそうな、吉野生駅から松丸駅まで歩いてみる事に。
ここにも茶畑があるなぁ。

山全体が公園になっている、観光地としてはマイナーな伊井公園へ。
大師への道という事で、散策路にずっと仏様が並んでいるのは、ある意味すごい。

裏道を抜けて松丸方面へと歩いていくと、長閑な田園風景が広がっている。
松丸市街にやってくると、虹の森公園がある。
ここには、農家さんの産直市、土産物屋、食堂、そして四万十川水系淡水魚の水族館がある。

松丸駅はなんと駅舎に「ぽっぽ温泉」という温泉施設を兼ねている。
普通の入浴はお金がかかるものの、
足湯はすぐ下の列車の行き来や、広見川の流れを見ながら浸かっていられる。
おまけに駅舎内には、パソコンが無料で自由に使えるスペースもあって、
インターネットまで出来るという素晴らしい駅なのだ。

松丸駅から駅前通りを真っ直ぐ進んで、突き当たった通りが旧松丸街道。
この街道沿いには古く味わい深い商店などの建物が並び、とても良い雰囲気の街並みだ。

旧松丸街道の裏山にあたる河後森城跡へ。
16世紀中頃、伊予(愛媛)側で土佐(高知)との国境に位置していた、
現在の松野町と鬼北町に及ぶ範囲は、
黒土郷河原渕領と呼ばれ河原淵教忠(かわらぶちのりただ)が治めていた。
河原淵氏が築いた城が河後森城で、自然の地形をうまく生かした土づくりの城で、
町の中心部を流れる四万十川の支流である広見川、
そしてその広見川の支流である堀切川と鰯川に囲まれた馬蹄型の独立丘陵にある。
頂上からは松野町中心部が見渡せる絶景だった。

愛媛県は合併により、ほとんどの市町村が変わってしまった。
そんな中、何とか独立を保っているのが小さな町である松野町で、独自性を維持している。
いずれは鬼北町や宇和島市との合併もあるかもしれないけど、このまま頑張ってくれるといいなと思う。

宇和島の三浦半島遊子地区にある段畑。
宇和海沿岸の急峻な地形に見事に築き上げられた段畑、これは想像を絶する光景で、
地道に石を積み上げる苦労はもちろん、機械が入れず、上り下りの大変な耕作には頭が下がる。
今の北海道、特に道東の広大で平坦な土地を有する農家さんからしてみれば、
何でそんな効率が悪く大変な苦労をし、見返りの乏しい農業をしているのかと思うかもしれない。
でも個人的には、こういう機械に頼らない細々とやる農業、
そして質素な暮らしというのは魅力も感じる。
この景色を見て、農業の原点、生きるための苦労を感じた。

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4月27日 (日)  滑床渓谷

宇和島市の山奥、高知県との県境にある滑床渓谷へ行ってみた。
ここは実質、松野町が管理していて、森の国バスも2時間に1本くらいしかないところ。
しかもバスの終点、上目黒から渓谷の入口まで5km以上は歩かなきゃならず、かなり大変な場所だ。
まさかとは思ったけど、携帯は完全に圏外。

滑床渓谷の遊歩道を歩き始め、三筋の滝や出合滑は見事。
さらに進み、遊仙橋を渡るとすぐに、雪輪の滝と落合渕。
滝壺は吸い込まれそうな美しさ。
さらにさらに進むと、目的地でもある千畳敷に到達。
渓谷入口から片道4km位だろうか。
かなり距離があって大変だけど、愛媛にこんな綺麗な渓谷があったなんて知らなかった。
これは感動もの。
水の美しさはピカイチで、冷たく美味しかった。
秋の紅葉時期も最高に綺麗なんだろうな。
ちなみにここはキャンプも出来るし、麓にはお洒落な森の国ホテルやロッジもある。
次回はキャンプしに来なきゃな。

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4月26日 (土)  高知経由で愛媛へ

寒くて何度か目が覚めつつ、昨晩は20時には寝ていたので、結構長く寝ていたかも。
朝露で濡れたテントをしばらく乾かし、とりあえずキャンプ場は7時に撤収。

来たときと同じフェリーで小豆島を離れる。
小豆島にはオリーブ園の他にも、「二十四の瞳・映画村」や「マルキン醤油記念館」、
そして秋の紅葉が美しい「寒霞渓」など、見所の多い島だ。
また紅葉の季節に来てみたいなぁ。

高松駅から県庁前通りを1kmちょっと進み、香川県庁を過ぎてすぐ右折。
さらにしばらく進むと、左手に手打ちうどん「さか枝」が見えてくる。
ここは朝6時からやっていて、この時間帯に行っても混んでいるという人気のお店。
ちなみに、さくまとテツandトモの桃鉄の旅でも紹介されている。
中に入って食べたかったけど、予想以上に遠くて、バスの時間の関係から泣く泣く断念。
仕方ない、いつかリベンジしよう。

ところで立派な香川県庁には、なんと北方領土返還の標語が掲げられていて、ちょっと感動した。

せっかくなので、香川から高知経由で愛媛に戻ろうかと、
高速バス「黒潮エクスプレス」で高知駅に到着。
高知にも愛媛と同じように市内電車が市街地を走っている。
電車に乗り継ぐ時間の関係から、ほとんど高知駅周辺を見ることもなく、
窪川行きの電車に乗り込んで高知駅を出発〜。

窪川駅で予土線に乗り換えるために下車。
しばらく時間があったので、窪川を散策してみることにした。
窪川駅から西へ歩くと37番札所の「岩本寺」。
この近辺はお遍路さんがたくさん歩いていた。
さらに歩くとついに四万十川!
四万十川が見れて何となく満足。
窪川駅に戻り、予土線に乗って愛媛へと戻った。

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4月25日 (金)  小豆島

小豆島へ行ってみようかと思い、高松駅に到着。
「連絡船うどん」に惹かれつつ、フェリーターミナルへ向かう。

高松駅から徒歩10分で高松港に到着。
内海フェリー「ブルーライン」に乗船し、12:15高松港を出航〜。

高松港の宮脇書店で「るるぶ」を立ち読みし、
小豆島では載っていた「ダッチパンケーキキャンピング」に電話をし、キャンプする事にした。
ちょうど「サン・オリーブ」という温泉設備の裏山にあり、ロケーションはなかなかのもの。
小豆島に移住した外国人のミシェル(美貝)さんが手作りで作り上げたキャンプ場で、
奥さんが併設してある喫茶店をなさっている。
キャンプは一人1000円、テント一張り800円とかなりのお金はかかるけど、
シャワーもあるし洗濯機も設置してあって、使い勝手は良さそう。
それにミシェルさんは昔バックパッカーで、世界を旅した経験があるらしく、
私の姿を見て素晴らしい旅のスタイルだとおっしゃってくれた(笑)。
テントを一番景色の良い場所に設営し、小豆島観光に出掛ける事に。

ギリシャのミノス島と姉妹島である小豆島、
日本で唯一オリーブ栽培の盛んな島で、素敵な公園が整備されている。
オリーブ栽培の歴史が分かり、喫茶や土産物屋も入っている「オリーブ記念館」、
ハーブ園や製油所、それに展望台などが広大な敷地に点在している。

オリーブ公園から浜に下りるとそこは「オリーブビーチ」。
透明度はそれほど良くはないけど、雰囲気は悪くはなかったかな。

夕方、オリーブ公園の一角にある温泉施設「サン・オリーブ」へ。
やっぱり温泉は気持ち良く、疲れも取れるな。

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4月24日 (木)  野間馬ハイランド

「野間馬ハイランド」へ行こうかと、とりあえずJR三津浜駅から大西駅へ移動。
はて、野間馬ハイランドまで約3km、歩いてみることにした。

今治方面へ歩き始めてしばらくすると、右手に大池が見えてきた。
この池に注ぎ込む川にはクレソンが茂り、白い花を咲かせている。

歩く事1時間、「野間馬ハイランド」に到着。
日本一小さい在来馬である野間馬のいる公園で、無料解放されているのが嬉しい。
野間馬の子馬もいたし、のどかなところだ。
大変だけど、まず人が行かない第三牧場まで行くのがお勧めかな。

「野間馬ハイランド」から歩く事さらに1時間、ようやく今治市街に入ったようだ。
歩いていると、「高井城ハイツ」なるマンションを発見。
いくら和風建築が好きでも、城を模すとは大胆だ。

何だかんだで、大西駅からは10km以上は歩いたんじゃなかろうか、ようやく今治駅に到着。
疲れた…やっと鉄道に乗れる…。
ついでに今治駅にて「四国鉄道フリーパス」6000円を買ってみた。
瀬戸大橋開通20周年記念切符らしく、
4月1日〜6月30日までの期間の内、連続でなくても3日間、
私鉄も含めて四国の普通列車全てに乗り放題になる。
つまり、1日で2000円以上鉄道で移動する際に使えば、お得になるというわけだ。

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4月23日 (水)  内子・道後

朝、JR三津浜駅から内子駅へ。

内子といえばまずは内子座へ。
内子座は大正5年2月に創建された木造2階建て、瓦葺き入母屋造りの劇場。
定員650名で、年間80日近くを劇場として使用されている。

内子座を出て、パンの店「渦岡」のピロシキを買って、食べながら街をぷらぷら。
このピロシキ、絶品。
「りんすけ」という食堂の南予鯛飯が気になりつつ、未だに食べれていない。
ちなみに今日は定休日。

明治からの薬商「佐野薬局」を内子町が購入し、
薬屋の暮らしぶりを再現している商いと暮らし博物館に寄る。

内子町の特産品の一つ、「和蝋燭」。
和蝋燭は、炭火であたためた蝋を手のひらの上で、和紙とイグサの芯に塗り重ねていくことで作る。
「大森和蝋燭店」で和蝋燭を買ってみた。

本芳賀邸や木蝋の生産で財を成した上芳賀邸などに寄りつつ、
歴史ある街並みを楽しみ、裏道を通って商店街に戻ってきた。
商店街では「オカダ」という酒屋さんで、
「はなたれ」というアルコール度数30度の限定焼酎を買ってみた。

昼に待ち合わせしていたNさんに車で松山まで送ってもらう。
松山の大街道で下ろしてもらい、
ロープウェイ街にある「霧の森 松山店」へ(本店は愛媛県四国中央市新宮村)。
以前の日記にも書いたとおり、ここの「霧の森大福」は絶品で、わざわざ食べに来たのだ。
新宮村のお茶はサービスで出してくれ、相変わらず美味しかった。

夏目漱石と秋山真之が一時一緒に生活していた「愚陀仏庵」へ行ってみる。
ただ、ちょうど東映の「相棒」というドラマだか映画の撮影帯がやってきて、写真を撮るなという。
こっちが先に来ていたのに全く何様のつもりだろうか。
おまけに仕方なく写真を撮って去ろうとすると、撮影はダメだと注意される。
そんなどうでもいい俳優や撮影風景を見たいのではなく、愚陀仏庵を見たいのだ。
迷惑をかけるけど協力してくれと、一言くらいあってもいいのではないか。
これだからテレビ関係者は嫌いだ。

続いて「坂の上の雲ミュージアム」へ。
その名の通り司馬遼太郎の同名の小説に関するものだ。
秋山兄弟と正岡子規を主人公とし、明治の日本を描いている。

坂の上の雲ミュージアムを出て、チンチン電車で道後温泉へ。
そして、恒例の「伊佐爾波神社」に行き、裏道を通って石手寺へと抜ける。
この裏道がまた風情があって大好きなのだ。
竹林や小さな畑があり、タケノコがニョキニョキたくさん生えていて、里山の風景そのもの。

裏山を抜けて、石手寺に到着。
ただ、時間が遅くなったために、地底マントラを通れなかったのは残念だったかな。

道後へと戻ってきて、「千と千尋の神隠し」のモデルとなった「道後温泉本館」へ。
神の湯2階席のチケットを買って中へ通される。
湯上がりには浴衣が借りられ、お茶とおせんべいが振る舞われるのだ。
やっぱり道後温泉本館の雰囲気は最高だなぁ。

道後温泉本館を出て、すぐ近くにある「道後麦酒館」へ。
マドンナビール、フグ皮ポン酢、ビール酵母入りじゃこ天とたこわかめかまぼこ、伊予地鶏の皮丼を注文。
湯上りの地ビールは最高だし、どれも美味しく大満足〜。

今日の写真はいずれも道後温泉本館。

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4月22日 (火)  古き良き三津

実家のある三津は古き良き港町なので、
朝、魚をリヤカーで引いて売りにくる行商のおばあちゃんがいる。
今朝も実家を出るとそのおばあちゃんがいて、元気に魚を売っていた。
天秤で量り売りするその情景は、三津から無くなって欲しくないものの一つかな。

老人ホームに入っている祖母な会いに行った後、
昨晩ご馳走になった弟の店「ばっちこい。」へ開店祝を持っていった。
ちょうど弟は従業員の教育中で忙しそうだった。
頑張れよ〜!

松山市駅前からバスに乗り、中四国最大規模の観光物産センターである「アイテムえひめ」へ。
愛媛のあらゆる特産品が買えるだけじゃなく、
市町村別の観光ガイドや愛媛の企業紹介など、見所も満載だった。
その割に人は少なく、立地の悪さを露呈してはあったけど。
ただ、その方が静かにゆったり見られて良かった。
あと、ツールド愛媛のコーナーでは、ペダルをこぐと画面上の景色が前に進むようになっていて、
意外と楽しんでしまった。

実家から歩いて数分のところにある三津浜港。
三津浜港からは中島などの忽那諸島、さらには山口県と航路で結ばれている。
また、港周辺には「石崎汽船」などの重厚で歴史ある石造りの建物がある。
三津の街並みはいつ歩いても楽しい。
別に何があるわけでもないけど、観光地化されていない、素朴でありのままの歴史ある街並みだと思う。

夜、トカラ列島の中之島から送った「トカラびわ」が到着。
甘くて美味しいと高評価だった。
トカラ列島は、よほど時間がないと行きづらい島々なので、とっても貴重なびわである。

今日の写真はいずれも三津の風景。

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4月21日 (月)  興居島・松山城・ばっちこい。

実家のある三津の集落を歩き、港方面へ。
松山市道の一部となっている「三津の渡し」に乗る事にする。
7:00〜19:00まで、無料で三津浜と港山を結んでいる。
早速朝一番に三津から渡しに乗せてもらい、対岸の港山に到着。
我が母校、松山東高校のボート部艇庫の前を通過、梅津寺へと至る。

いつの間にか小高い丘に日露戦争で功績のあった松山の偉人、秋山兄弟の像が出来ていた。
秋山兄弟は正岡子規と共に小説「坂の上の雲」の主人公で、
2009年からNHK大河ドラマスペシャルにて放送もされるとか。

兄の秋山好古は騎兵の父と仰がれ、日露戦争時は騎兵第一旅団長となり、
コサック騎兵と奉天会戦等で戦い、
敵の退路をおさえる陸戦最後のダメ押しに大功があって、後に陸軍大将にもなる。
弟の秋山真之は、日本海軍の連合艦隊、作戦主任参謀を務め、
日本海海戦でバルチック艦隊を迎え、伊予水軍伝来の「丁字戦法」を駆使し、
意表を突く敵前旋回で敵艦隊を撃滅し、戦局の大勢を決した。
彼等がいたから日露戦争で勝利し、南樺太の領有、そして千島列島全島の領有となったわけで、
第二次世界大戦のような過ちはしなかったのではと思う。
小説「坂の上の雲」、読まなきゃなぁ。

ドラマ「東京ラブストーリー」の舞台となった梅津寺駅を過ぎ、高浜港へ。
高浜港からはターナー島がよく見える。
高浜港からはすぐ向かいにある興居島に渡る為、小冨士汽船「あいらんど」号に乗り、高浜港を出航。

船内で230円の切符を買って、わずか10分少々、9:30に興居島に到着。
由良集落を南へ歩いていき鷲が巣へ抜ける山道に入ると、みかんとビワの段々畑が見事に広がっている。
急斜面なので、モノレールのようなものが縦横無尽に張り巡らされ、作業に使われているようだ。
ちょうどビワは実に袋かけの作業をしているところのようだった。

興居島の西側に出ると鷲が巣集落。
綺麗な鷲が巣浜が広がり、海水浴場でもある。

再び東海岸にやってくると船越集落。
浜に綺麗なみかんが漂着していたので、拾って食べてみたら美味しかった。
浜で拾ったみかんを食べて南へと歩いていると、
なんと「ご自由にお取り下さい」と、みかんがダンボールに入っているではないか!!
ハネみかんなんだろうけど、そんなのはどうでもいい、有り難く5個ほど頂いた。

興居島の南側の港である泊港に到着。
今度は興居島汽船「えひめ2」に乗船し、高浜港へと戻る。

高浜駅から衣山駅へ。
農協で健康保険料の支払いを済ませ、伊予鉄松山市駅へ。
銀天街に入り、デジカメ写真のプリントを出すのに、枚数が多く、選ぶのに時間がかかってしまった。

銀天街から大街道とアーケードを歩き、ロープウェイ街へ。
そして日本屈指の名城で、復元されたものではない数少ない城の一つ、松山城へと向かう。
行きはロープウェイ、帰りはリフトに乗ってみた。

松山城を下り、チンチン電車で道後温泉駅に到着。
ちょうど17時でからくり時計が見れた。
道後商店街を抜け、「千と千尋の神隠し」のモデルとなった道後温泉本館へ。
何度見ても素晴らしい。

ところで、我が弟が4月26日に手打ちうどんの店を出す。
オープンに先立ち、ご馳走になりに行った。
何を食べても美味しくて、贔屓目を抜きにしても、味も値段も雰囲気も良く、
一度足を運べば必ず満足すると太鼓判を押せる。
うどんは、しなやかでやや平打ちの麺に、愛媛ならではのダシがうまく合って絶品。
個人的には、卵とじに梅干しがのっかっている、「ばっちこいうどん」、
そしてダシなしの冷うどんで、甘めの生醤油をかけていただく「ダシの無い肉うどん」が好きかな。
あと、夜は夜で居酒屋になり、それはそれで小粋な料理が出てくるのだ。
しかしまあ、こうして立派な店を出せるのも、沢山の人に支えられ、友や理解者に恵まれてこそだ。
そういう人との縁に感謝し、店を繁盛させて欲しいなと思う。
お近くの人は是非足を運んでみて下さい!

「ばっちこい。」
愛媛県松山市新立町5-9(さくら幼稚園向かい)
営業:11:00〜22:00
電話番号:089-941-1122
かけうどん…390円、など。

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